行列ができる人気のブーランジュリー

店があるのは交差点の角に立つレンガ色のビルの1階です。ドア越しに中を覗くと、3人も入れば満員になってしまいそうなこぢんまりとしたスペース。現在は感染症予防の対策もあり、店舗に入れるのは一度に2組までです。取材に訪れたのは朝9時前でしたが、店前にはすでに数人のお客さまが順番待ちをしていました。

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店内に入ると、落ち着いた風合いのショーケースに約20種の商品が。焼き上がりの時間によってカンパーニュや角食(食パン)などがあり、1日で約70種のパンが入れ替わりながら登場するそうです。朝9時頃には、バゲット(330円)やクロワッサン(240円)のほか、バゲット生地のクロックムッシュ(380円)、揚げナスをトッピングしたカレータルティーヌ(310円)などハード系の惣菜パンが多く並んでいました。

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転職をきっかけにたどり着いたパンづくりへの道

店を切り盛りしているのはパン職人の大和(おおわ)祥子さん。夫で店長の真さんとともに2008年にこの店を開業しました。もともとはインテリアコーディネーターをしていたという祥子さん。会社の事情で退職したことがターニングポイントになりました。
「この先を考えたとき、インテリアコーディネイターの仕事自体が時代と共に変化し、自分が思うものとズレを感じるようになっていて。どうせなら全然違うことで再スタートしようと考えました」と当時を振り返ります。

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「自宅のそばにバゲットがおいしいパン屋さんがあり、『自分でも作ってみたいな』と単純に思ったんです」。その時には自分がパン屋さんをやるとは思っていなかったという祥子さん。パン教室に通うことから始め、趣味としてのパンづくりを続けているうちにその楽しさにはまっていきます。そしてもっと深く知りたいという思いが芽生え、今度はフランス生まれの人気店「ポール」をはじめ、数店舗での修業を重ねたそうです。

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国内での修業を経て、好奇心旺盛な祥子さんの情熱はさらに熱量を増していきます。フランス人と結婚した友人を頼り、フランスへ渡航。居候しながら3ヶ月間、バゲットやクロワッサンの本場・フランスでの修業に励みます。
「向こうでは職人さんたちが楽しそうに歌を歌いながらパンをつくっていました。朝、店に来るとまずコーヒーを淹れて、焼き上がったパンをつまみながら1日がスタートする......。楽しかったですね(笑)」と当時を懐かしむように教えてくれました。

充実した修業を終えて日本に帰国すると、いよいよ出店準備に取りかかります。「自宅から通える場所」という条件で見つけた物件は、駅至近で日本獣医生命科学大学が目前の好立地。フランスの師匠にアドバイスされた「店を持つなら駅のそばで近くに学校か役所があり、人が集まる場所がいいよ」という条件に当てはまったのが決め手だといいます。

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開業当初、店のすぐそばには踏み切りがあったそうです。「パサージュ ア ニヴォ」という店名はフランス語で"踏切"を意味します。しかし、数年後には高架化が進み、踏切はなくなってしまいました。
せっかくお店の名前にしたのになくなってしまったのは残念ですね、と声をかけたのですが、その答えは意外なものでした。「実は踏切がなくなることは、この場所に決めた時からわかっていたんです。だからこそ、ここに踏切があったことを形に残しておきたいと思って名付けたんです」。
さらに祥子さんは続けます。「今度はこの店に皆さんが足を止めて下さるように。そんな思いも込められているんです」。
とても素敵なエピソードに、心が温かくなりました。

幅広い層に支持される、本場仕込みのバゲット

開業当初は周囲にほとんどなかったものの、いつの間にかベーカリーの激戦区に変化していった武蔵境駅周辺。それでも「パサージュ ア ニヴォ」はハード系やクロワッサンなどをメインにしていることもあり、うまく棲み分けができているのだとか。
「ハード系パンは年配の方には馴染みがないイメージがありますが、この街ではご年配でも好んでバゲットを買ってくださる方が多くて。これは嬉しい誤算でした」。

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祥子さんがフランス修業時代に作っていた"味の記憶"をもとに作られているというバゲット。その記憶に近づけるためにフランス産とカナダ産の小麦粉をブレンドしています。さらに本場の味に近づけるためにフランス産の硬水(コントレックス)を混ぜた水で生地をこね、カリッとした食感に仕上げているそうです。

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また、バゲットにドライフルーツを彩りよく混ぜ込んだフリュイ(370円)は、小麦に加えフルーツの香りも豊かで華やかな味わいが印象的。クリームチーズとの相性も良く、またフレンチトーストにするのもおすすめとのこと。

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店長である真さんのおすすめは"大人のミルクフランス"をテーマにした「ミルクチコリ」(280円)です。キク科の野菜の根を乾燥・焙煎したノンカフェインのチコリ茶を加えてほろ苦い風味に仕上げたバゲット生地に、黒胡椒をアクセントにしたミルククリームをサンド。スパイシーな香りがふわっと鼻に抜ける、ここでしか味わえない個性的な一品です。

もうひとつの看板商品はザクザク感のあるクロワッサン

フランス生まれのパンといえば、クロワッサンも外せません。

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「パサージュ ア ニヴォ」のクロワッサンは層が厚く、ザクッとした食感が特徴。しっかりと焼き色がついていて、かじりつけばふわりとバターが香るリッチな味わいです。

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そしてちょっと不思議な形をしているこちらは、なんとクリームパン(230円)。甘さ控えめの自家製カスタードをクロワッサン生地で豪快に挟んだ個性豊かなスタイルです。

「パサージュ ア ニヴォ」のパンづくりは、しっかりとした基本の味を守りつつ、挑戦的な試みをしている商品も少なくありません。見た目や発想のユニークさもありますが、意外性のある食材やスパイス選びの絶妙さが味に余韻を生んでいるように感じました。
確かな技術があるからこそ発揮できる遊び心。「パサージュ ア ニヴォ」の魅力はまだまだ奥が深そうです。

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