高麗の豊かな自然に囲まれた人気店
1日にたった3時間の営業にもかかわらず、埼玉版ラーメン雑誌のランキング入り常連で、行列が絶えない店「とんちぼ」。広々とした敷地には駐車スペースが10台以上あり、店前には順番待ちのための屋根付きスペースが設けられています。
営業終わりにもかかわらず、疲れ知らずの笑顔で迎えてくれたのは店主の丸岡匡太郎さん(写真左)。スタッフの山本さん(写真右)とのやりとりも楽しそうで、チームワークの良さが垣間見えます。
学生時代、日本一のラーメン激戦区だった高田馬場に通っていた丸岡さん。毎日のように増え続けるラーメン店をしらみつぶしに食べて回るうち「これほど夢中にさせる"ラーメン"という食べ物は、一体どうやって作られているのか」と、気づけば興味の的は製造過程にまで及びました。
そして就職活動が始まる3年生の秋にはラーメン職人を志すことを決意。就職先として選んだのは毎週通っていた高田馬場の豚骨ラーメン店「千代作」(現在は閉店)でした。
次の修業先として門を叩いたのは東京を代表する名店「中華そば 多賀野」。本格的なラーメン作りの技術習得だけでなく、「とにかくいつでも、24時間ラーメンのことを考えていなさい」という師匠の教え、ラーメン職人としての心の持ちようや覚悟についても学びがあったといいます。
実際に現在のルーティンを教えてもらいましたが、朝4時半に起床してスープの仕込みを開始。24時半に就寝するまで、約15個の工程を分刻みでこなすハードワークです。店を開けるのはたった3時間ですが、その影にこれだけの準備が繰り返されているのかと思うと、頭が下がる思い。師匠の教えの通り、寝ても覚めてもラーメンに向き合っていることがよくわかります。
埼玉県・鶴ヶ島市に店を構え、独り立ちを果たしたのは2008年のこと。
「鶴ヶ島時代はまだ未熟でしたが、それでも通ってくださったお客さまには今でも頭が上がらないんですよ」と謙虚に当時を振り返りますが、多賀野で腕を磨いた丸岡さんのラーメンは次第に評判を呼び、多くのファンを獲得していきます。
そして現在の場所に移転したのは約10年後。駅至近にあった鶴ヶ島の店舗とは相反する、豊かな自然に囲まれた環境でした。
「両親が老後のためにと購入した土地の一角に店を建てたのですが、駅からも離れていますし、『本当にお客さまが来てくれるのか?』と不安でいっぱいに。それでも鶴ヶ島時代のお客さまも足を運んでくださったり、地元の方や観光客の方にも来ていただいたりしたので、こうして続けていられているのはありがたいことですね」
移転に伴い、店の名前を「頓知房(とんちぼ)」からひらがな表記に変更。「とんちぼ」はあまり聴き慣れない言葉ですが、どういう意味があるのでしょうか。
その答えは店の看板に描かれたかわいいイラストにありました。
丸岡さんのお父さまの出身地・佐渡ではタヌキやアナグマのことを「頓智坊(とんちぼ)」と呼ぶそうで、佐渡には不思議な霊力を持った「とんちぼ」がいると伝わっているそうです。これが店名の由来。「おいしいラーメンでお客さまを驚かせたい」という思いが、とんちぼ伝説に重ねられているのだとか。
「追い煮干し」が特徴。究極の一杯を求めて
とんちぼの最大の特徴は追い煮干し。豚骨や鶏肉などをベースにしたスープに、注文ごとに茶こしで煮干し粉の一番だしを手鍋で合わせ、煮干しの香りや旨みが凝縮したスープを完成させる、手間ひまをかけた一杯です。
「"追い煮干し"はもともと『多賀野』で学んだテクニック。師匠はだしパックに入れた煮干し粉で一番だしをとり、まろやかなスープに仕上げていました。でも自分はもう少し荒々しく、煮干しの持つ苦みやえぐみもおいしさの要素として表現してみたかった。それで茶こしを使うことを思いついたんです」
丸岡さんのこだわりは手法だけにとどまりません。煮干しは5種類をブレンド。地域によって異なる特色を持つ煮干しを使い分け、その日の環境に合わせて配合をコントロールしているのだとか。
煮干しの香りが豊かに香るのが大きな特色ですが、スープは動物系、乾物などの素材も使用しています。じんわりと広がる旨味のもとは昆布が持つグルタミン酸。化学調味料は使わず、大量に昆布を使うことで味を整えているそうです。
濃厚なのにバランスよく心地よい飲み口の「中華そば」(写真は煮玉子そば 880円)と、より煮干しの旨味を引き立たせた「つけそば」(写真は特製つけそば 1,210円)。どちらも味わってほしい、渾身の一杯です。
まだまだあった「とんちぼ」に欠かせないサイドメニュー
「とんちぼ」に欠かせないメニューはまだまだあります。
例えば「豚ばらナンコツごはん」(350円)。ラーメンのスープに旨味を加えるために圧力鍋で煮た豚バラ軟骨を、甘辛く味付けた丼です。驚くほどにトロトロで、この味が忘れられずにリピートするファンも少なくありません。
そしてもうひとつの名物は「プレミアム日本酒」。日本酒好きの丸岡さんがセレクトした十四代や而今、花浴陽など、手に入りにくいレアな日本酒がラインナップ。その日開いている銘柄を、グラス1杯500円で提供しています。涼やかなグラスは飯能の作家さんが作ったものだとか。
「お客さまにはぜひお酒も楽しんでいただきたいですし、何より自分が好きなお酒をおすすめしたい。ラーメンの出来がちょっとくらい悪くても、旨い酒が飲める。それもいいじゃないですか」と、朗らかに笑う丸岡さん。
「ラーメンファンの方はどんなに遠くても足を運んでくださることがわかりました。次にめざすのは地元の方や観光でいらした方にも気軽に立ち寄っていただくこと。ご家族でフラッと立ち寄れるような店にしたいですね」
その言葉通り、店内は白を基調にした清潔感のある佇まい。テーブル席には小さなお子さま用のベンチシートが用意されています。
ラーメンに対する情熱と、お客さまに楽しんでもらいたいという丸岡さんの想いあふれる語り口は、まるで噺家さんのように軽妙です。営業中はこれに加えて、店内のお客さまの様子にも目を配って声かけをしたり、提供する時間を図っていたり。そして、ラーメンを作る姿はとても楽しそう!
店内にいるすべての人をあっという間に"とんちぼワールド"に引き込んでしまいます。日和田山のハイキングや曼珠沙華で高麗に訪れたなら、是非とんちぼの秘密を探してみてくださいね。
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