ふつうのサラリーマン夫婦が迎えた人生の転換期
日本にいながらにしてアメリカの街並に紛れ込んだよう。そんな独特のムードをたたえたジョンソンタウンに、2017年2月、カレー専門店「Curry 福満堂」がオープンした。
三角屋根に白い横張り板壁はどこかノスタルジックな面構えだ。それもそのはず、ここは終戦直後、実際に米軍兵が居住していた建物。内装はリノベーションされているものの床や梁は当時のものがそのまま残されている。
店主は三浦正人さん、有結子さん夫妻。前職はそれぞれ会社員、そしてそれ以前には公務員だったという。
「前の会社ではマーケティングの仕事をしていたのですが、50歳という節目を目前にその先の10年を想像してみたんです。そのとき、このまま会社勤めをしている自分の姿が見えなかった」と話してくれたのはご主人・正人さん。
「もともと食に興味があった。だから"そこ"に行かずにはいられなかった」と正人さんが言えば、「そりゃもう、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで(笑)」傍らでそう続ける妻・有結子さん。
確かに50歳という年齢は人生の大きな節目。同様の思いを抱える人も少なくないが、実際に行動に移す人は限られている。結婚25年以上というふたりの信頼関係の賜物なのだろう。
フレッシュなスパイスを味わえるのは専門店ならでは
夫婦そろってカレーが大好き。お気に入りの店を見つけては研究してその店の味を再現していた。さらに自分達なりの味を探し求めるうちにスパイスの魅力にとりつかれ、レシピを作り上げていったという。
福満堂のカレーはタマネギをバターで炒めて......という一般的な作り方ではなく、ルーに入っている野菜と果物はミキサーでペースト状に。野菜の味に加え、旨みとして和素材のダシをきかせている。
今回は「15品目の揚げ野菜カリー(チキン)」(1,260円)に、カレタマ(130円)をトッピング。
「専門店のカレーの良いところは、なんといってもフレッシュなスパイスを使えるところ。鮮度の良い挽きたてスパイスを香りが立つように合わせるところが作っていても楽しいし、お客さまにもぜひ楽しんでいただきたいポイントなんです」と正人さん。
下ごしらえから数えるとスパイスの種類は約20種にも及ぶ。一度に大量に作る専門店だからこそ多種のスパイスを扱い、スパイス本来の味わいが感じられるカレーができる。
実際に味わってみるとよくわかるのだが、口に運ぶごとにいろいろな種類のスパイスの味や香りが顔を出す。くるくると変わる表情で翻弄しつつも、ベースにある和風のダシの旨みと野菜の甘みが全体を大きく包み込む。ルー自体はグルテン・オイルフリーなので、すっきりと軽い口当たり。まさにスパイスを味わうためのカレーといった印象だ。
農業県・埼玉を感じる野菜たっぷりカレー
もうひとつの特徴はたくさんの野菜が一度に摂れること。多くの野菜や果物をペーストしたルー、さらに揚げ野菜がたっぷり15種前後入っている。この両方を味わうのが"福満堂流"。1日の必要摂取量約350gのおよそ三分の二がこの一皿に凝縮されている。
「埼玉は実は農業県なので、おいしい野菜がたくさんあるんですよね。特に天候が安定している時のブロッコリーは最高! 揚げブロッコリーはうちのカレーのポイントになっています。それと揚げたパセリはとってもおいしいので、残さず食べて欲しいですね」と有結子さん。
特定のブランド野菜を使うのではなく、できるだけ流通が近い直売所などから、そのときどきの良いものを使うように心がける。鮮度を保ちながらコストも抑え、「日常的に食べられるカレー」を目指しているという。
"ジョンソンタウン"という特別な場所で営業するということ
ジョンソンタウンは一般住宅が並ぶ住宅街でありつつ観光地の顔も持つ珍しいスポットだ。近年では雑誌やテレビなどで特集されることも少なくない。週末ともなると北関東からドライブがてら訪れる人も多いそうだ。
しかし三浦さんは「観光地としての注目度だけに甘えることなく、期待を裏切らない、満足度の高いカレーを提供したい。地元に密着した商売をしていきたい」と身を引き締める。その堅実な思いもあって、コンスタントに店に足を運んでくれる固定ファンも増えてきたという。
垣根を作らないことをコンセプトに掲げるジョンソンタウンでは、近隣との交流も自然発生的に生まれる。隣のベーカリー「コイガクボ」とはお互いに店のファンだといい、それがきっかけでカレーパンが誕生したそうだ。
実は三浦さんには大切な場所があるという。岡山県にある母方の実家だ。今は誰も住んでいないその家には、こどものころの思い出が詰まっている。その昔テーラー(仕立屋)を営んでいたその家で、いつかカレーの店をオープンしたいと夢見ている。「実現するのはまだ少し先の話。それまでは勉強ですね」と三浦さん。
福満堂のロゴマークをよく見てみると、スーツと帽子をまとった紳士がカレーポットの中でオールを握っている。大好きな場所にたどり着くまで、福満堂の航海はまだ始まったばかりなのだ。
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