住宅地に溶け込むオリエンタルな雰囲気のレストラン
フレンチレストランと仲良く並んだ軒先には、メニューがずらり。写真入りのメニューには料理の解説も添えられていて、なにやら本格的な料理が味わえそうな予感がする。店内にふんわりと広がるスパイスの香り。壁には手描きの曼荼羅や民芸品。ネパールの街角にあるレストランに迷い込んだかのように錯覚してしまう佇まいだ。
ここ「スワタントラ」は1998年にオープン。オーナーシェフの高瀬薫さんは、ネパールを訪ねたことで魅了され、その魅力を伝えたいとこの店を開いたのだという。
一冊の小説に運命を導かれ、ネパールに捧げた青春時代
店の成り立ちはさらに10年ほど遡る。
「きっかけは沢木耕太郎さんの小説『深夜特急』を読んだことだったんです」。
大学生だったころの高瀬さんは、山サークルに所属していたものの、アジア諸国への興味やバックパックでの旅などには縁がなかったという。そんな普通の大学生が、たった一冊の小説に導かれるように動き出したというから人生は面白い。
『深夜特急』に描かれていた世界を「自分もこの目で見てみたい」と駆り立てられた高瀬さん。大学を卒業してから3年間と決めてサラリーマン生活を過ごし、数年の準備期間を経て、アジアへの旅へと飛び出していった。
バックパックで回った未知の世界は、高瀬さんをあっという間に魅了していった。その中でもっとも肌にあったのがネパールだったという。「国の雰囲気、人、食べ物、匂い。どれもしっくりと自分になじんで本能的に『ここだ!』と感じたんです」。
現地の大学・ビソバーサキャンパスのネパール語学科に入学し、本格的にネパールでの生活をスタート。午前中は学校に通い、午後にはカトマンズのメインにあたる王宮通りにあるチベット・ネパール料理の高級レストラン「サイノ」で修業を始めた。
高瀬さんがネパールに移り住んだころ、ネパールでは民主化要請運動が盛んだった。そのころ、日本はバブル景気に沸いて華やかで浮き足立っていたい時代。そんな恵まれた大学生活を過ごしていた若者に、ネパールの激動はどれほどの衝撃を与えたか。店名の「スワタントラ」は、当時よく耳にした「自由」や「独立」を表すネパール語だそうだ。
ネパールの魅力を伝えたい。その思いを胸に帰国
日を追うごとにネパールに対する思い入れは増し、その魅力を日本に伝えたいと思うようになるのはごく自然な流れだった。「サイノ」をはじめ、いくつかの店で修業を重ね、日本に帰国したのが33歳。日本での接客スタイルや経営を学ぶための修業を経て、「スワタントラ」を35歳で開店した。
本場仕込みのネパールカレーでスパイスを楽しむ
ネパールカレーの特徴は、シンプルなスパイス使いにあるという。味の柱になるのはクミン、ターメリック、コリアンダーの3種のスパイス。これにガラムマサラを加えて味を整える。 また、ネパール料理は野菜を多用するのも特徴的。現地では露地物の朝採れ野菜が多く流通しており、タケノコや人参、カリフラワーやキュウリ、トマトなど、日本でも馴染みの深い野菜も多いのだとか。肉はチキン、マトンやヤギ、水牛などが中心だ。
「スワタントラ」では香辛料の使い方などネパール料理の基礎は踏襲しつつ、アレンジを加えて個性を出しているそうだ。実は辛いものがあまり得意ではないという高瀬さん。素材やスパイスの味がかき消されないように、やさしい味に仕上げている。
看板メニュー「カオルのまかない飯」は、スパイス感が豊かなカレーと、しっかりと味付けされたチキンティッカとのバランスが絶妙。香りよく炊き上げたバスマティライスも独特の味わいで、本場での味わいを連想させる。
また、ネパール料理をベースにした創作料理も増えているという。その代表格が「ネパール巻き®️」。シェクワ(インドでいうタンドリーチキン)とビリヤニご飯を日本の海苔で巻き込んだ、日本人シェフならではの発想から生まれた一品だ。 テーブルに運ばれてくるとスパイスとともに上質な海苔の香りが漂い、ここが日本であることを思い出させてくれた。スパイスをふんだんにまとったシェクワは後から辛さがじんわりと広がり、ライスとの相性も抜群で、後を引く魅惑のひと皿だ。
スワタントラを中心とした絆を深めていく
『深夜特急』との出逢いが大きく人生を変えた。その感謝の思いを伝えたかった高瀬さんは開業前、著者である沢木さんのオフィスに手紙をしたためたという。するとある日、突然電話が鳴った。親しみを込めた声で「カオルくん?」と問いかけるその声は、なんと沢木さんご本人だったという。売れっ子作家の元にファンレターが縁でいきなり電話がかかってくるなんて、小説にもないようなドラマチックなできごとだ。高瀬さんが『深夜特急』に引き寄せられたように、沢木さんもその手紙に感じるところがあったのかもしれない。
長年スワタントラを支えているのは、足繁く通ってくれるお客さまたち。そう高瀬さんは感謝を口にする。ネパール好きはもちろん、この店で初めてネパールの味に出会い魅了されていった人も少なくないという。そして、友人のように、兄貴のように高瀬さんを慕う常連さん。他のお客さまが帰るのを待って話をするのを楽しみにしている人もいるという。
そして、厨房ではネパールでの修業先の師匠から贈られたというタンドリー窯が存在感を放っている。愛情深い師匠の思いに見守られながら、スワタントラはこれからもネパールと日本をつなぎ、人と人との絆を深め続けていくことだろう。
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