季節を先読みした手打ちうどん

「手打ちうどん長谷川」では、毎朝5時から店内で麺を手打ちしている。何日か低温熟成させたものを製麺するため、何日か後の気象を予測して種を作る。

特に季節の変わり目は、"季節を先読みする勘"が重要だ。ゆえに、自然と身体が敏感に季節を感じ取るようになった。 一本一本が存在感のあるプリプリとした麺は、その季節ごとに適した店主の配慮も染み込んでいる。

DSC_6624.jpg

一番人気の「糧うどん」は836円。大根おろし無しであれば781円と、好みに合わせて注文できる。

麺は、香川県産の白バラと埼玉県新座産の地粉を掛け合わせており、讃岐うどん寄りの白い生地に地粉のふすまが目立つ。その中で一本だけ存在感を放つ藤色の麺には、店主の想いが込められている。

「ハレの日」のうどん

店主の長谷川さんは約7年前に脱サラ後、うどん人生をスタート。一般的に「ケの日」は普段の日常的な日を、「ハレの日」は非日常のおめでたい日を表す伝統的な言葉であるが、長谷川さんは「ハレの日」のうどんを毎日丹精込めて打っている。

DSC_6769.jpg

ともと線の細かった指は、7年間で上手いうどんを生み出す職人の手へと変わった。

一本だけ混じった藤色の麺は、紅白になぞらえ、みんなで集まって食べるうどんをイメージした縁起の良いうどんだ。そんな「ハレの日」のうどんを支えるのは、旨味が凝縮された醤油ベースのつけ汁。

DSC_6651.jpg

豚肉、小松菜、ねぎ、ごぼう等が入った糧うどんのつけ汁。入念な下ごしらえをクリアした肉はお酒のつまみにもなるほど絶妙な味付けだ。

一本一本引き締まった麺をくぐらせると、一瞬、麺の緊張感がほどけるのが分かる。喜んでつけ汁に身を任せているような相性の良さを舌で感じる。細切りのショウガがアクセントになり、箸が止まらない。

喉の奥の記憶

長谷川さんが"うどん"と出会ったのは、小学生のころ。親戚のおじさんに連れられて高松へ行った時のことだ。
柔らかいうどんしか食べたことのなかった長谷川少年には、コシの強いうどんは衝撃的だった。飲み込もうとしてもノドの奥で押し返されるような強いコシ、そしてそれを容易く飲み込む地元の人々。何もかもが新鮮でパワフルな記憶は、長い年月をかけて長谷川さんと"うどん"を結び付けたのだ。

DSC_6798.jpg

店内の内装は"ピリッとした道場"のイメージ。一般的には腰高で使用される木材を、思い切って背の高さほどまで伸ばした。

「おいしい」を糧に育てていく

お客さまに提供するものは、ほとんどが国産。
『毎日、自分と家族が安心して食べられる素材』を選んでいる。

DSC_6646.jpg

糧うどんに次いで不動の人気を誇る梅昆布うどん(891円)。ダシの味がしっかりとしているので、スープを飲み干しても喉が渇かない。夏は"冷"でさっぱりと食べたい。

女将の出すおつまみや一品料理は、畑の多い地元・大泉の野菜を出来るだけ使用し、地産地消にも貢献している。毎日直売所を覗いては、新鮮な旬の素材で"本日の献立"をイメージしているそうだ。うどん屋では珍しく日本酒に力を入れており、お手ごろ価格が並ぶメニューは酒好きにも嬉しい。

DSC_6787.jpg

落語が好きな長谷川さんは"新人を育てる場にしたい"と年に数回、寄席のイベントを催している。

うどん作りを通して長谷川さんの内側で育ててきた想いを、"漢字"に表すとどんな文字か聞いてみた。

DSC_6768.jpg

店主の長谷川さん。うどんへの熱意と愛情を惜しみなく語ってくれた。

「思い浮かんだのは、"喜"と"味"ですね。人が、体が、心が、喜ぶ味にこだわっていきたい、今までもこれからもその想いは変わりません。サラリーマン時代、体力よりも精神的な回復に頭を悩ませていました。今はその時よりも睡眠時間は短いけれど、心が充実しているから体も元気です」。

DSC_6720.jpg

ミシュラン東京2015のビブグルマンに掲載。

「自分が客側だった時、お客さんから"おいしかったよ"と言ってもらえることが、こんなにもパワーの源になると思っていませんでした。頂いた言葉たちを糧に、今後も一本一本大事に作っていきたいです」。
そう話す長谷川さんの目は、初めて"うどん"に出会った過ぎし日の長谷川少年と同じ輝きに満ちているようだった。

※価格はすべて税込
※営業時間、販売商品、価格等が変更になる場合がございます。
※写真、記事内容は取材時(2017年4月21日)になります。