いわさきちひろの自宅一角に建てられた絵本美術館
「こどもの幸せと平和」を願い、生涯のテーマとして描き続けた絵本画家・いわさきちひろさん。55歳の若さで亡くなられた後、多くのファンから「原画を見られる場所を作ってほしい」と手紙が届いたそうです。そこで、自宅兼アトリエとしていたこの場所を半分解体して小さな美術館が作られました。その後増築をし、世界初の絵本美術館として「ちひろ美術館・東京」を開館。
開館25周年の2002年には建築家・内藤廣さんの設計で現在の建物にリニューアル。"記憶を繋ぐ"をコンセプトに、4つの棟を繋いだ大きな建物になりました。増築を行って迷路のようになっていた昔の雰囲気を引き継ぎ、どこか懐かしさを感じられる造りになっています。
リニューアル後は展示スペースを大幅に増やし、全館バリアフリーに。床材にかつてバーボン工場で使われていた味わいのある木材を使用したり、板目を写し取ったコンクリートを壁面に用いたりと、温かみのある空間になっています。
おとなもこどもも使いやすいよう2列になった手すりも特徴。今でこそお子さま歓迎の美術館は増えてきましたが、ちひろ美術館は開館当初からこどもたちを広く迎え入れてきました。人生で初めて訪れる"ファーストミュージアム"になってほしいと考えているそうで、こどもがくつろげる部屋や授乳室も作り、男性用を含むすべてのトイレにベビーシートが用意されています。
親子で楽しめる明るい展示室
館内には4つの展示室があり、展覧会は年に3回ほど入れ替わります。いわさきちひろ作品がおよそ9,600点、そのほかに日本をはじめ、世界各国の絵本原画が17,800点ほど収蔵されており、テーマに合わせて作品をピックアップして展示しています。
展示室の天井が斜め角度になっていたり、入り組んだ作りになっていたりと、部屋ごとに印象が大きく異なるのも魅力的。作品は中心が床から135cmの位置に展示されていて、通常の美術館よりもやや低めの設定に。おとなとこどもが一緒に楽しめるよう工夫されていました。
1階奥にある展示室は日差しの入る明るい空間。こちらでは、いわさきちひろ作品のピエゾグラフ(高精細の複製画)が展示されていました。繊細に描かれた水彩画は時間が経つとともに紙の劣化や絵の具の退色が進んでしまいます。そのため、こちらの美術館では原画の情報をデジタル化し、光に強いインクで作品を再現。明るい部屋でも本物とほぼ同じ作品を楽しむことができるようになりました。
ちひろが愛したアトリエや自宅を再現
いわさきちひろさんが画家として22年の時間を過ごした下石神井の家。そのアトリエを忠実に再現した「ちひろのアトリエ」は、今でもそこに彼女が座っているかのよう。左利きのため、南向きの窓を右側にし、窓の外の木々を眺めながら創作活動に励んでいました。
展示室とアトリエに囲まれた「ちひろの庭」には、庭仕事を楽しんでいたちひろさんが育てた庭をイメージし、彼女が好きだったホウセンカやニチニチソウ、作品にも数多く登場するバラなど、たくさんの草花が植えられています。
小さいお子さまも親しめる美術館に
2階の「図書室」は、国内外の絵本が約3,000冊をはじめ、いわさきちひろさんに関する書籍がそろいます。ここに来るだけでまだ見たことのない絵本にも出会えそう。
来館者の感想ノート「ひとことふたことみこと」を記入できる小さなデスクも。開館以来綴られ続け、製本もされているので過去のノートをさかのぼって読むことができます。何年も前に自分が書いた感想を探したりと、時代の移り変わりを感じるタイムカプセルのようにも楽しめます。
図書室の隣は「こどものへや」。小さいお子さまや赤ちゃんがゆっくり遊べるよう、靴を脱いで入る部屋になっています。小さい子向けの本やおもちゃがあり、流し台やベビーシートのある授乳室も完備。館長・黒柳徹子さんからの「こどもたちが大好きな面白い鏡を置いて」との依頼で、壁にはたくさんの不思議な鏡が。覗き込むとこどもたちは大喜びするのだとか。
心ゆくまで空間をゆったり楽しんで
1階には中庭に面した「絵本カフェ」があり、お茶を飲みながら絵本を読んだり、中庭を眺めたりと穏やかな時間を楽しむことができます。
中庭に見えるのは中野滋さんの彫刻作品「ポニーといるリトル・ジョー」。中庭に出ることもできるので、作品を間近に見て触れることも可能です。
広々とした「ミュージアムショップ」ではいわさきちひろ作品のマグカップやポストカード、コレクション作家の絵本やグッズが販売されています。毎年人気の「ちひろカレンダー」は色彩の再現にもこだわった力作。プレゼントや自分へのおみやげを探す時間も満喫できます。
絵本や教科書など、日常生活のあらゆる場面でいわさきちひろ作品に触れてきたおとなたちも、ここからはじめて触れるこどもたちも一緒に楽しめる「ちひろ美術館・東京」。穏やかでやさしい時間を味わいに、何度も訪れたくなる居心地の良さに溢れていました。美術作品を楽しむだけでなく、いわさきちひろさんに会える場所、ぜひ訪れてみてください。